手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎といった、今ではその名を知らないものはいない、と言っても過言ではない漫画界の大御所たちにも、当然のことながら、新人作家として過ごした時代がありました。
手塚治虫を筆頭にしたそれらの漫画家たちは、新人作家から中堅作家へと移行していく駆け出しの時代に、東京都豊島区にひっそりと建っていた「トキワ荘」という安いアパートに寄り集まり、深い友情を築きながら漫画家としての経験を積んでいくことになります。
もちろん、「トキワ荘」に集まっていた漫画家の歴史だけが「漫画の歴史」ではありません。
しかし、「トキワ荘」に集まった漫画家たちが「漫画の歴史」の最も大きな流れの一つであったことは間違いありません。
「トキワ荘」という建物から出発した漫画家たちによって紡がれてきた漫画文化とその歴史は、漫画の領域だけにとどまらず、様々な芸術ジャンルや、日常生活のレベルにまで強い影響力を持って、現在でも君臨しつづけています。
私小説的な手法でドキュメントをくまなく語りながら、同時に驚異的なまでにエンターテイメント作品でもある奇跡的な傑作、藤子不二雄Aの『まんが道』は、その当時の「トキワ荘」での漫画家たちの暮らしぶりを知るための最重要作品です。
『まんが道』を読むことによって、「トキワ荘」に漫画家たちが集まった奇跡的な時代に関する、重要な出来事のほとんどを、最高品質の「漫画を読む喜び」を味わいながら知ることができます。
「トキワ荘」に関しては、映画化もされていますし、『まんが道』以外の作品でも、それぞれの道へと進んだトキワ荘住人たちの証言によって、様々な資料を集めることができます。
それらの資料にあたってみて、藤子不二雄Aの目線からではない「トキワ荘」を、多角的に見つめることは、「トキワ荘フリーク」の大いなる楽しみでもあります。
また、「トキワ荘」の跡地を実際に訪ねてみるのも、「トキワ荘」について知るための一助となることでしょう。
建物はすでに取り壊されていますが、「トキワ荘」に関する貴重な情報を、跡地周辺の街中から多く得ることができます。
「トキワ荘」から出発した漫画の歴史の大きな流れや、「トキワ荘」出身の漫画家の作品や人柄、エピソードなどに触れることは、日本が世界に誇る漫画文化の現在へと繋がる魅力を再発見することでもあります。
また、「トキワ荘」出身の漫画家たちの作品は、古びてしまったものではなく、いまでも最新の作品としての魅力を携え、読むたびに驚きを与えてくれるものばかりです。
漫画を愛し、漫画に愛された漫画家たちの「トキワ荘」での青春の記録を読むことは、彼らの人生を追体験するようにして、「漫画」というジャンルそれ自体への愛を深めていくことにもつながっているのです。