「トキワ荘」は層が厚い

「トキワ荘」文化の豊かなバリエーション

手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎といった超弩級の漫画家ばかりがトキワ荘にいたわけではありません。

しかし、超弩級ではないからといって、彼らが漫画家として劣っているというわけではなく、ちょっとばかり知名度がないだけであって、やはり、「トキワ荘」なだけあって、一筋縄ではいかないユニークな漫画家がたくさん集まっていたのです。

寺田ヒロオのような「トキワ荘」の中枢に深く食い込むような関わり方ではなく、フラっと「トキワ荘」にやってくる、というような関わり方の漫画家が多いのも「トキワ荘」の大きな魅力の一つです。

それに、忘れてはならないのは、トキワ荘のメンバーが足繁く通っていたラーメン屋、「松葉」でしょう。

「トキワ荘」のメンバーは「松葉」がなかったら、栄養失調で大変なことになっていたかもしれません。

駆け出しの貧乏漫画家時代の「松葉」のラーメンの味は、「トキワ荘」という特別な季節を生きた漫画家たちにとって忘れがたい思い出の味であるはずです。

「トキワ荘」の実力派たち

「トキワ荘」に集まっていた個性的な漫画家を紹介します。

まず、外せないのは森安なおやでしょう。

『まんが道』のなかではひょうきん者だったり「お金をたかる」ような人物として描かれることが多く、また漫画家としてあまり知名度のない森安なおやは、しかし、確かな実力を持った漫画家でしたし、現代にあって改めて再評価される価値のあるものです。

恐怖漫画で人気を博したつのだじろうや、アニメーターの鈴木伸一なども「トキワ荘」を彩る重要な人物たちです。

永田竹丸の存在も忘れてはいけません。

この永田竹丸という漫画家は、「スクリーントーン」をはじめて漫画に導入した人物とも言われていますから、現代の漫画家がスクリーントーンを多用しているのを見ると、永田竹丸の影響を感じます。

「トキワ荘」には、女性の漫画家である水野英子も入居していました。

少女漫画という大きな歴史の一端もまた、「トキワ荘」という場所から流れ出ているといってよいでしょう。

「トキワ荘」は終わらない

「トキワ荘」を中心にした相関図は、どこまでもその系統樹を広げていくことができる、非常に射程が広いものです。

たとえば、「劇画」のさいとうたかをは、違うフィールドで活躍していたものの、「トキワ荘」の面々と交流がありましたから、「劇画」の世界と「トキワ荘」を繋げることも当然ながら可能なわけです。

「トキワ荘」を深く知れば知る程、「トキワ荘」から生まれたものが、様々な領域において、現在にいたるまで、蔦を伸ばすようにして強烈な影響を与えていることに驚かされることになるでしょう。